博士課程で正規留学する二つのメリット

このエントリで一番声を大にして言いたいのは、後半で述べる「どうやら日本の年寄りは若者が思ってるほど頭がかたいわけではなさそうだ」ということです。

最近、(特に理系の)留学生を増やすにはどうしたらいいんでしょうね、ということが頻繁に話題にのぼり、留学経験者としては色々と意見を聞かれることも多いです。この件に関してはスタンフォードでの友人の@takashimizuくんや@miyutenくんが非常に面白い議論をtwitterでしていて、それを@takashimizuくんがうまくまとめてくれました。本当はリアルタイムでこの議論に参加したかったのですが、通勤時間中でちょっと手が回らなかったので、こちらで私見を述べます。結論からいうと、留学のメリットが広く認知され、留学することが本当にお得だと感じられれば、留学する人が増えるだろう、と思います。

留学における研究面のメリットはもちろん沢山ありますが、生活面でのメリットが予想以上に大きく、かつあまり知られていないので、今回はその話をします。要するにお金と仕事のことです。私が非常に大きいと感じるメリットを二つ挙げます。

  1. 海外の大学院では、博士課程なら学費免除と生活費支給が普通である
  2. 日本で就職活動するとき、留学によって生じるキャリア遅延はノーカウントあるいはプラス評価

このエントリでは、キャリア遅延という言葉は「学位をとるのに普通より時間がかかってしまうこと」を指します。例えば、アメリカでは博士を取るのに通常5年以上かかるので、3年でとる日本やヨーロッパの博士に比べて学位取得時の年齢が高めです。また、日本の大学を3月に卒業してから海外の大学に秋学期に入学する間に数ヶ月のギャップが生じたり、あるいは受験準備で一年から数年余分にかかるなど、留学には時間がかかります。これを留学によるキャリア遅延と呼びます。このエントリの後半で、留学によるキャリア遅延は就活に影響しないことについてお話しします。でも最初にお金の話からしましょう。

お給料が出る

私が初めて留学したのは、大学4年生の時にパリのグランデコール(TELECOM Paris)に交換留学してリサーチアシスタントをしたときです。リサーチアシスタントですから、給与がでます。フランスで運良く見習い研究者のようなことをして、たとえ小額でも自分が考えて手を動かした研究のおかげで生活が出来ることがすごく嬉しかったのです。

それまでは実は博士課程に行こうとは思っていなかったのですが、そこの学校には博士課程の学生が沢山いて、全員お給料をもらって研究をしながら学位を目指していました。それで、海外では大学院に行くと普通は学費免除でお給料ももらえるらしい、ということがわかりました。自費で博士課程まで行くのは苦労が多すぎると思っていたのですが、経済的な心配をしなくていいならば、ぜひ博士号を取りたいと考えるようになりました。そこで、出稼ぎと似たような感覚で留学を目指すことになったのです。

院生ともなればオトナですから、経済的自立は留学の立派な理由になりえます。実際にスタンフォードでは、学費も生活費も大学が出してくれたので、安心して学業に専念することができました。博士号はバイトしながら取れるほど甘くないので、お給料が出るかどうかが、無事に学位を取れるかどうかの分かれ目になると思います。ちなみに、国際会議などへの参加費、旅費も大学と指導教授が出してくれたので、お金の心配をすることなく研究活動ができて非常に待遇が良く、有り難かったです。

まあここまではちょっと調べればわかる話ですが、まだまだ知らない人が多いので書いておく、って感じです。ただし、この次にあげる日本におけるキャリア遅延への理解度は私にとっても予想外でした。

留学によるキャリア遅延は就活に影響しない

さて、私は(自分で言うのもなんですが)アメリカの大学で意外に出来が良かったし、もう日本から出てきて7年にもなるからアメリカの大学で就職しようと思って就活していました。アメリカで就活していた理由のひとつに、留学でキャリア遅延が生じてしまい、年齢に厳しい日本社会よりは年齢制限のないアメリカ社会のほうが仕事が見つかりやすいのではないか、という思惑がありました。

しかしリーマンショック以後、経済恐慌のせいでアメリカのほぼ全ての大学で予算削減が行われ、アカデミックポジション自体が激減してしまいました。また、9.11(アメリカ同時多発テロ事件)以降のアメリカの移民政策の変化や学術研究予算における外国人しめだしもあって、2009年の時点でアメリカで外国人が研究をスタートアップすることが不利だと感じることが多くなりました。

(ノーベル賞を取った下山先生はアメリカでは外国人でも研究予算が取れる、とおっしゃいましたが、少なくとも2009年の時点ではNSFやNIHの若手向け研究予算は米国籍・市民権保持者に限定されていて、外国人はレギュラー予算からしか応募できません。ですから、既に素晴らしいキャリアがあるならともかく、駆け出しの外国人若手研究者には敷居が高いと思います。ただし、こんな政策も数年でころころ変わる可能性があるのがアメリカの面白いところです。2010年以降にNSFやNIHの予算に応募する人は、応募要件が変わっている可能性があるので最新情報を自分で調べてください。)

そういうわけで、日本での就職活動も開始して、縁あって筑波大学に来ることになったのですが、この経緯がまた面白かった。自分は留学をくり返したために、日本で普通にキャリアを積むのに比べて随分と余分な年数がかかってしまい、年齢相応の実績がないとみなされることを心配していたのですが、それが意外に問題にならなかったのが印象的でした。

前述したように、私は交換留学も正規留学もしていたので、博士を取る頃にはもう随分キャリア遅延が発生していました。日本社会は年齢にうるさいというのが通念なので、これがマイナスに働いて仕事は見つからないだろうと最初は思っていました。ところが就活を始めて色んな人に会って、こういう理由で実績が少ないのですと説明すると、いや留学とかしていたらそういうことはありますよ、とこちらが驚くほど理解を示してくださるのです。実は、フランスへ交換留学をしたあとで日本企業でインターンシップをした際も、留学していたなら留年はまったく問題にならないし、就活ではむしろプラス評価ですよ、と言われました。これと同じように、博士課程後の日本における就職活動でもキャリア遅延をプラス評価していただけたように感じます。つまり、個人的ではありますが、少なくともここ十年(2000年〜2010年)ほど留学によるキャリア遅延は一貫してノーカウントあるいはプラス評価という経験をしています。

冒頭に挙げた「どうやら日本の年寄りは若者が思ってるほど頭がかたいわけではなさそうだ」という私見はこの経験によるものです。現在、ビジネスや研究の現場にいる管理職レベルの人たちは「若い人が世界を見ない・外に出て行かない・キャリア形成における積極性がない」という点で非常に強い危機感を抱いています。ですから、留学のような積極的なチョイスをする若手に対するニーズは非常に高く、少々のキャリア遅延があっても魅力的な人材として受けとめられるようです。採用される側(若手)はとにかく未来への不安が大きいので「日本社会は硬直していてちょっぴり留年するだけで就職が見つからなさそう」というイメージで留学に二の足を踏みます。しかし実は採用する側は「留学するような気概のある若手は大歓迎、年齢にはそれほど細かくこだわらない」というわけ。だから、留学によるキャリア遅延は、採用段階ではあまり問題にならない、と思われます。

まとめ

そういうわけで、海外の博士課程に行くとお給料がもらえていいですよ、そして留学に時間がかかるのが心配だけど、これはどうやら実際に日本で就活するうえではプラス評価らしいし、海外で就活する場合はもちろん全く問題になりませんよ、だからあまり心配しなくていいよ、というのが私の考えです。(あくまでも個人的な経験に基づく私見ですが。)そして、このようなメリットの周知を図ることで、日本から海外への留学生が増えるかもしれないと思います。

さて最初の仕事が見つかって、そのあと順調にキャリアを進めていけるか、日本で仕事していく上で留学経験がどれくらいプラスに働くかというと、こればっかりはまだ現在進行中なのでなんとも言えません。でも人生は一度きりの実験だから前向きにチャレンジしたいですし、周りの先生方も頑張ってねと励ましてくださるので、日本の大学でこれからしばらく頑張ってみよう、と思います。数年後、やっぱり留学して良かったよ!と報告したいですね。(そうすれば留学しようっていう面白い人が増えるかもしれないし。)